はじめまして。
石垣島子育て道場プロジェクトを、東京からお手伝いさせて頂いている…
えーと、「うっちゃん」とでも覚えてください。
島人ではない視点でこそ書ける記事もあるんじゃないか?と思い、筆を取らせて頂いた次第です。
石垣島との出会い
「いや、知らんがな」
なんて言わず読んで頂けると、ありがたくて泣くかもしれません。
あれは2005年頃でした。
忙しさのあまり鬱を患った友人と、仕事を辞めたばかりで時間を持て余していた僕が、男二人で、当時どこにあるのかも知らなかった石垣島へと飛んだのです。

天気は生憎の嵐でした。
どうにか持ち直した二日目、今回、石垣島子育て道場プロジェクトのカヌー体験の行程を担う、石垣島観光さんへとお邪魔したのです。

そこでやりとりされた
「ちょっとさ、お仕事手伝ってもらえたりする?」
「お、全然いいですよ〜」
このポップで軽いやりとりが、約10年後のこの記事に繋がることになります。
人との出会い
あの日、カヌーを漕いでいると、おじいが島唄をうたってくれました。
宮良川で築かれてきた、島人の文化を教えてくれました。

11月の終わり、季節は冬へと移ろうとする中、島の風は暖かでした。
木々も青々と茂り、海は空の蒼を映して鮮やかに輝いていました。
季節外れにやってきた若造の突然の来訪を、島の人々は優しく受け入れてくれました。

あの旅で出会った人達は、今でもみんな繋がっています。
次はいつ来るの?と、何年も会っていない僕を、どうやら再び歓迎してくれる気満々です。
体験とは財産なのだ
あの日々で得た体験は、すっかり心に染み付いています。
あの体験を、もっとアンテナビンビンだった子供時代に味わえていたら人生が大きく変わっていただろうなぁと、つくづく思います。
当時24歳だった僕も、10年経った今でもこうして島に関わるくらいの変化が起きたんですから。
微力ながらお手伝いをさせて頂いている、このプロジェクト。
素晴らしいプロジェクトだと思います。
感受性豊かな子供達が、沖縄・石垣島の文化や人々に触れる事で起こる化学反応は、とんでもないことになるだろうと。
スケールでっかく言っちゃうと、自分と他人が違う事を理解して、そこにこそ人と人との関わり合いの喜びがあるのだということを肌で感じる事が出来た子供達が大人になった時、すんごいことになるんじゃないの?
なんて事を思うのです。グローバリズムの種はまずは国内の隣人たちから始まるのです。
あぁ。長く、そして、くどくなりました。
この辺にしておきましょう。
次の記事からは、もっと気楽にアホな事書いていきたいと思います。
それでは、うっちゃんでした。